海と波が「輝き」を導いた話。
先に申し上げておきます。
しっかり練った考察ではなく、ちょっとした雑談です。
5/9,10と沼津、内浦方面を探訪してまいりました。
目的は大きくふたつ。
ひとつは、あわしまマリンパークで行われている「孤島の水族館からの脱出」に参加すること。これはぜひ参加してください。実質どころか完全に本編です。
もうひとつは、前回定休日で行きそびれた松月さんを訪問すること。
どちらも達成されました。一週間前くらいに思いついた弾丸旅でしたが、出会いにも恵まれ、たいへん楽しかったです。
何が楽しかった、美味しかった、美しかったというお話はTwitterなどで小出しにするとして、今回は内浦で感じた「輝き」のおはなし。
この記事をご覧の方は、沼津に行かれたことはおありでしょうか。
そして、海を見たことは。その時の天気は、いかがだったでしょう。
今回の旅では晴天に恵まれ、富士山は見えないでも、かなりいい状態の景色を見ることができました。
ななめった。うーん……
ご存知のとおり、Aqoursの曲には「WATER BLUE NEW WORLD」というものがあります。
この瞬間のことが 重なっては消えてく
ココロに刻むんだ WATER BLUE
この歌詞。以前考察記事を書いたときにもちょっと触れましたね。
この曲では「イマ」というワードが、特別なものとして繰り返されています。
スクールアイドルの限られた時間ゆえの輝き。その限界を突き詰めたものが「イマ」つまり「この瞬間」といえるでしょう。
(中略)
常にそれまでの輝きの積み重ねとして、「この瞬間」に輝いているのです。
「WATER BLUE」はイマのAqoursが見ている、「輝く世界」のことです。
「WATER BLUE NEW WORLD」がμ'sの曲を受けた曲なのではないか、という話。 - 今日も主食はカロリーブロック
このとき、言葉の上では意味をはかることはできていました。
けれど今回の旅ではじめて、この歌詞の意味を、実感をもって理解することができた。
上の、内浦の海の写真をご覧ください。
水面に漂う波の文様。
それが陽の光を反射して、キラキラと輝く景色。
その光のひと粒ひと粒が、次の瞬間には波に流されている。
波は形を変える。反射する光もまた同じように。
継続して輝いているけれど、この光の粒が存在していたのは、たった一瞬の出来事なのです。
そんな一瞬の輝き(="イマ")が重なって、私があの場で目にした景色になる。
目の前にありながら、絶対に戻ってこない時間が、そこにはありました。
(内浦に行かれる際、晴天に恵まれていたならぜひ、そういうつもりで海を見ていただきたい。)
アニメ二期第13話も少し思い返しました。
千歌が見つけた「探していた私たちの輝き」は、初めからあったもの、過ごした時間の全て、と表現されていましたよね。
これをね、もしかしたら「そんな安直な結論でいいの?」と思った方が、いたかもしれない。
実を言うと、私はちょっと腑に落ちていない部分があったのかもしれません。
けれど、内浦の輝く海を見て、ようやく理解しました。
いま目にしている輝きは、そういうものなんだと。
「WATER BLUE NEW WORLD」で表現された「イマ」は、これなんだと。
千歌はすでに、奥深くでは「探していた私たちの輝き」がなんなのか、理解していたのだと。
「限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドル」を好きになった我々の意識であったり。
日本人に馴染み深い「桜は散ってしまうから美しい」という感覚であったり。
Aqoursにとっては、内浦の海の一瞬の輝きの重なりが、そういうものにあたるのではないでしょうか。
その景色を知っているから彼女たちは、重なっては消えていく瞬間を胸に、また新しい輝きを探していく。
その輝きの概念を表現できるようになったときこそ、最も彼女たちの輝きが強まった瞬間で。
その結果が「優勝」であった。
今回の沼津の旅での気づきをつらつらと書いてみました。
ほぼほぼ私の想像の中のお話ですので、その点だけは悪しからず。
またどこかでお会いしましょう。